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大空を見上げようin ふくしま
ブライトリング・ジェットチーム来日のドラマ(前編)

グレーの機体がV字のフォーメーションを組んで青空の端から端へと進んで行く。
震災から2年と半年の夏。浜通り、いわき市の市街地、そしてふくしまスカイパークの上空を
7機のジェット機が心地よいエンジン音を響かせ駆け抜けた。
彼らこそは「ブライトリング・ジェットチーム」−−−−フランスに本拠を置く
民間で世界最大のエアロバティックジェットチームである。
彼らの来日を心待ちにしていた福島の人々は、その日涙を浮かべながら大空を見上げた。
この日を迎えるまでに既に多くのドラマがあり、ようやく実現したフライトに込められた彼らの想いが
見上げる者の心の奥にまで届いた瞬間だった。

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ブライトリング・ジェットチームの華麗なるフライトを映像で!
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福島の人々への思いを乗せて
BJT来日プロジェクト「ブライトリング・ジェットツアー」

ブライトリング・ジェットチーム(以下BJT)は、航空界に大きな貢献を果たすスイスの時計メーカー「ブライトリング」による、民間初にして機体数最大の「ジェット機によるアクロバット飛行エアショーチーム」として2003年に設立された。フランスのディジョンを拠点に、世界26カ国、約400回のエアショーを世界中で披露してきた経験豊富なチームで、パイロットたちは元フランス空軍の「パトルイユ・ド・フランス」のパイロット出身者を中心に構成されている。編隊飛行を披露するアクロバット飛行チームといえば、英空軍の「レッドアローズ」、米海軍の「ブルーエンジェルス」のように軍の所属である場合がほとんどで、メンバーの引退や交代があるが、BJTは結成以来10年間、ほぼ同じメンバーで飛び続けている。その経験の蓄積と、全編自由演技で構成される芸術性の高さから世界最高峰のチームとされ、その存在感は特別だ。2012年の中国を初飛行した『ドラゴンツアー』では、あの“ジェットマン”ことイヴ・ロッシーや、翼の上に美女を乗せて飛ぶブライトリング・ウィングウォーカーズとも共演を果たしている。その威風堂々たる壮麗な姿は、是非過去の映像でチェックされたい。

左:最大時速750km、最大降下時速910km、最大±8G という過酷な極限状況。 ©Seymour-Breitling SA  中:機体はチェコ製のジェット練習機L-39Cアルバトロス。全長1213cm翼長946cm。 ©Tokunaga-Breitling SA  右:正確さ、スピード、大胆さを兼ね備える劇的な演出、マヌーバの数々が披露される。 ©Tokunaga-Breitling SA

ファウスト魂溢れる空の男たち

BJTリーダーのジャック・ボツラン ©Seymour-Breitling SA

リーダーのジャック・ボツランはBJTが設立されて以来10年、50歳を越える年齢となった今も第一線で世界ツアーを率いている。驚くべきことに彼は視力がわずかに足りず、空軍のパイロット採用試験に落ちたものの、空を飛ぶ夢を決して諦めず25歳の時に自分でエアショウチームを設立してしまったというファウスト魂溢れる逸話の持ち主だ。彼がこのジャパンツアーの発表記者会見のために初来日したのは今年の2月。その会見でボツランは「このアジアツアー全体の最終目的地は福島だ」と発表した。そして「人は悲しいことがあると下を向いてしまいがち。人々が空を見上げるきっかけになれば」と語った。

被災地を訪れ、「私たちは福島を忘れていない」というメッセージを届けたい。様々な規制の多い日本の事情ゆえ、これまで多くの航空関係者からも多国籍のジェット機で構成されるBJTの来日は不可能だろうと目されていた。だが、チームの熱い意向を受け、ファウストA.G.でもお馴染みのエアロバティックスパイロット室屋義秀とパスファインダー、福島県、地元青年会議所や、ブライトリング本社のあるスイスの駐日大使、自衛隊含む陸海空の関係者などが協力し、約一年の歳月を掛けてなんとか実現へとこぎつけた。奇跡的とも言える展開を見せたこのプロジェクトはまさに「大いなる挑戦」であり、「この先100年は訪れないであろう機会」と囁かれた。予定では岩国基地フレンドシップデー、神戸メリケンフェスタでショウを行い、横浜開港祭プレイベントでもフォーメーションフライト。そして最終目的地の福島では県内全域をフライバイ、メイン会場となる小名浜ではフルディスプレイと追悼フライトが行われることとなった。

左:©ALAIN ERNOULT-ERNOULT.COM 中・右:©Tokunaga-Breitling SA

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ギリシア〜中東の空へ希望を届けた2011年の地中海ツアー
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イブ・ロッシー、ブライトリング・ウィングウォーカーズと豪華共演!
2013年アジアツアーの端緒ともなった、2012年の中国「ドラゴンツアー」
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5月、いよいよBJT初来日!

2013年5月3日。各地で給油をしながら、ユーラシア大陸、シベリアを経由し、東南アジア各国〜韓国でショウを行い、延べ7か月をかけてBJTは広島空港に飛来した。エアロバティックス用の単発ジェット機には給油量にも限界があり、何度も中継地を入れながら少しずつ移動してくる。その道のりだけでも遥かなる冒険だ。日本の玄関口となった広島で最初にチームを出迎えたブライトリング・ジャパンを始めとするスタッフたちは、このとき既に涙を流し抱き合って喜んだというからその道のりの困難さが忍ばれる。折しも岩国基地での航空イベントが米国の予算削減措置によるキャンセルとなり、BJTの最初の目的地は神戸へと航路変更、期限ギリギリでの交渉と手続きというドラマも背景にはあった。

渡り鳥のように山脈を越える。遥かユーラシア、シベリアを越えての長旅、アジア各国を周り、いよいよ日本へ! ©Tokunaga-Breitling SA

5月6日の神戸では、須磨沖での演技を客船から観覧するという趣向に富んだものだった。好天にも恵まれ、史上初の日本でのBJTディスプレイに、訪れた観客は高い嬌声を上げ興奮の渦に包まれた。室屋義秀もブライトリングカラーに包まれたエクストラ300でディスプレイを披露し、マリンタワーに迫る演技で観客を湧かせた。神戸の航空路の関係上BJTが演技を披露する空域の高度は制限されフラットショーとなったため、翌週の日本ツアーハイライト、小名浜でのBJTのフルディスプレイが「お楽しみ」として待たれることとなった。

左:ブラックダイアモンド陣形で飛ぶ。©Seymour-Breitling SA 中:クロスフォーメーション。©ALAIN ERNOULT-ERNOULT.COM 右:マニューバーを確認するパイロット、“フレドー”フレデリック・シュウェベル。©Tokunaga-Breitling SA

しかし、まさに「暗雲立ちこめる」こととなったのはここからだった。10日の横浜港で本番さながらのリハーサルは無事行われたものの、折からの天候が災いし、11日の横浜でのフライトはキャンセル。同日午後の予定を午前に繰り上げ、曇り空のもと福島県内広域のフライバイを実施、多くの感動を呼んだが、天候の影響で震災被害の大きかった浜通り(海岸地域)はルートから外れてしまった。その後は雨。翌日のフルディスプレイの成否が案じられたが、深夜に奇跡的に天気が回復し、翌日の朝には一転して雲ひとつないと言ってもいい見事な晴天に変わった。誰もがその時点では、まさか、今日のフライトがキャンセルになろうとは想像もしていなかった。

小名浜、海霧による無念のキャンセル

5月12日早朝。小名浜には約2万人の観客が詰めかけ、昼からのジェットチーム到来を待っていた。10時半にはそれに先駆け室屋のディスプレイも披露される。会場で思い思いに過ごす観客たちは、暑いくらいに刺す初夏の日差しを楽しんでいた。そこへBJTのリーダーのボツランが会場にさっそうとヘリで登場、ステージでの軽いインタビューの後、ボツランはチームと機体が待つ福島空港へと舞い戻る。ほどなくして室屋がディスプレイのために福島空港を飛び立ったという実況に会場が沸く―−その時だった。海の反対側の山の背後から黒い雲が瞬く間に張り上がり、その雲は突如海上に立ち上った霧に飲み込まれ空を覆い尽くしてしまった。急激な天候の好転、強い日差しにより発生した水蒸気は雲に変わり、海上では「海霧」という稀な現象が発生したのだった。日差しは消え、辺りは寒いほどの冷気に包まれる。厚く立ちこめる雲を隔てた向こうに、室屋機のエンジン音が聞こえてきたが、その音は雲を突き抜けることはなく、しばらく旋回を繰り返した後にひときわ大きな音を残して遠ざかって行った。室屋の戸惑いが伝わってくるようだった。

会場は「どうか…」という祈りに包まれていた。室屋のディスプレイが延期となり、続いて「BJTも帰国日程を変更してディスプレイを延期、天候の回復を待つ」と発表された。しかし雲はいっこうに消える気配がなく、かといって立ち去ることもできない観客は、数時間まんじりともしない時を過ごす。「自分たちというより、ここまで来てくれたチームや関係者のために、なんとか飛ばせてあげたい」観客からはそんな声も聞こえてきた。13時を過ぎ、諦めの気配が漂い始めた頃、福島空港を再び室屋機が飛び立ち、気象チェックに来ると言う知らせが入った。このフライトでOKの判断が出たら…。祈る気持ちで再び小名浜の港に室屋機のエンジン音を聞くが、その姿は雲に阻まれ、またしても見ることができない。一瞬、会場の祈りが届いたかのように小さな雲の切れ間ができ、後にも先にもなかったその機を逃さず室屋が雲を切り裂くような勢いでカットインして登場。そのまま超低空飛行で観客の頭上すれすれを飛んで行く。願いを一身に背負った室屋の黄色い機体は、そのまま低くたれ込めた雲と海の間で、水平方向のアクロバティックを何度も何度も繰り返し、観客の頭上で手を降りながら福島空港に帰っていった。

皮肉なことに福島空港は、信じられないくらいの晴天だった。室屋の報告を無線で受けたのか、ボツランとチームの面々は、「よし!」とばかりに勇んでジェット機にスタンバイ。空港の様子を知らせるモニターには美しい機体が滑走路に向け動き出す姿も映し出された。室屋機の帰還。ボツランの機体に歩み寄る室屋。しかしその報告は、喜ばしいものではなかった。「雲は海上500フィートの高さ、視界は5kmもない」「回復の可能性は」「ないだろう」一瞬の沈黙の後、ボツランは固い表情で言った。「キャンセルだ」。その言葉を引き出さざるを得なかった室屋の表情も、ボツランのそれも、空の男に相応しく落胆に激しく歪むことはないが、奥に隠れた悔しさと痛みの深さが滲み出ていた。

小名浜港に偵察フライトとして登場した室屋のエクストラ300。低い雲の下でアクロバットを披露しながら、ジェットチームのフライトの可能性を探るが、天候回復のきざしはなかった。

 

 

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神戸、福島、富士山上空を駆け抜ける! ブライトリング・ジェットチーム初来日映像
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BREITLING JET TEAM ブライトリング・ジェットチーム

©ERNOULT-Breitling SA

約100年前からパイロットのための計器をつくり続けているブライトリングにより、2003年に結成。民間では世界最大となるジェット・エアロバティックスチーム(ジェット機を使ったアクロバット飛行を行うチーム)である。
結成以来、のべ26カ国400回以上におよぶパフォーマンスを世界中で披露し、各地で多くの感動を提供してきた。毎年、いくつものVIP招待イベントやスポーツイベント、航空ショーで華麗なアクロバット飛行を披露している。
使用する飛行機は、チェコ製のジェット練習機L-39-Cアルバトロス。水平飛行時の最大速度は時速750km、急降下時には時速910kmにまで達し、パイロットが受ける最大Gフォースは+8Gにおよぶ。チームは通常使用の7機に加え、予備機を2機を所有している。
操縦するパイロットは、これまでの飛行時間が11,500時間に達するチームリーダーのジャック・ボツランをはじめ、パトルイユ・ド・フランス経験者を含めフランス空軍出身者を中心に構成され、彼らを7人からなる専門の整備チームが支えている。

 

Data

ブライトリング・ジェットチーム日本ツアー
http://www.breitling.co.jp/bjt_japan2013/

ブライトリング・ジェットチーム被災地復興支援プロジェクト
『みんなで大空を見上げようin ふくしま』

http://ozora.org

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