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最高齢・最多回数記録の偉業達成!
ヨットで世界を駆る、不撓不屈の77歳

2011年9月17日、午前10時半、横浜のぷかり桟橋に到着した斉藤実氏は支援者と抱き合い、満面の笑顔で生還と挑戦の成功を喜び合っていた。そして3年ぶりに日本の地を踏んだ彼は開口一番、「私はこれまでの8度を数える世界一周の挑戦で一度もギブアップしたことはない。今回もチリ沖で大変な嵐に遭い、船体が破損したがくじけることはなかった。日本もきっと立ち直れるはず」と被災地にエールを送った。



3年ぶりに帰還を果たす斉藤氏が搭乗するシングルハンド艇 トップ写真:帰還の喜びを分かち合うように、斉藤氏と肩を抱き合うニコ・ローレケ氏ら

’06年、クルージング・クラブ・オブ・アメリカよりアマチュア・ヨットマンとして最高の栄誉とされる、ブルー・ウォーター・メダルを授与された斉藤実氏。世界中のヨットマンから尊敬の念を集める稀代の冒険家が、本格的にヨットをスタートさせたのはじつは39歳。
当時は様々なレースに出場し、1990年より単独世界一周レースに参加。その後、数々のレースで入賞を果たし、’04年には東回りの単独無寄港世界一周を成功させ、「世界最高齢(71歳)」「シングルハンド艇による最多回数(7回)」という金字塔を打ち立てた。
’07年には「単独・無寄港で世界一周をした世界最高齢の人物」としてギネスブックにも登録された。
そして彼は翌年’08年9月、ふたたび「SAITO CHALLENGE8」と名づけられた8度目となる世界最高齢西回り単独世界一周への挑戦に出航したのだった――。

限りなきチャレンジ精神は
どこから来るのか?

ヨットの場合に通常言われているのは、進行方向に対して、常に向かい風となる西回りのコースは航行が非常に困難であるということ。斉藤氏はこれまでも航海の途中で幾度となく嵐に遭い、船体も破損した。単独で、しかも年齢も考えれば、どのように危機を乗り越えてきたのだろうかと不思議になる。
今回も、南アフリカでは嵐のホーン岬を通過する際、3度目の挑戦でやっと成功を収めることが出来たという。しかし、迫りくる巨大な波と強風の中で船体は破損。昨年の6月には船体崩壊という危機もあったという。しかし、斉藤氏は多くのフェローヨットマン、支援者のサポートによってこの困難を乗り切ってきた。
また世界最南端の地、プンタ・アレナスで寄港中に体調を崩し緊急手術。ハワイでは横断歩道を歩行中に交通事故に遭い、膝に手術を要する傷を負うなど、この3年間、大変なトラブルに見舞われもした。しかし、彼は「挑戦の旅を中止する」という意識にはならなかったという。
サポートをし続けたニコル・グループの代表、ニコ・ローレケ氏も「心配はしていました。しかし彼のチャレンジ・スピリットを信じていましたし、航海中はスタッフ、社員一同、彼と共に挑戦している気持ちで、かけがえのない勇気と情熱をいただきました。トラブルが起きた時にサポートいただいた寄港地チリの花岡さん、ハワイのデビッドさん、小笠原の田村さんにも感謝したい」とこの3年間を振り返るように語った。
そして斉藤氏は、「海の上で、どんなにひどい嵐に遭っても、恐怖を感じたことはありませんでした。むしろ嵐に向かって船をはしらせているときはわくわくしている」と語る。なぜ彼はそれほどまでして過酷なチャレンジをし続けるのか、という問いに対しては「まだ経験したことのないことをやってみたいから。今回も西周りをしたことがなかったからチャレンジしました」と、そのエネルギーの源泉は、限りない好奇心だと語った。
現在、毎日の筋力トレーニングを欠かさないという斉藤氏。小柄な体躯ながら、77歳という年齢を全く感じさせないほどの頑強な肉体に何者にも負けない精神がみなぎっている。次のチャレンジは、「まだ行ったことのない北海を抜けていくコースを80歳までにはやってみたい」と意気軒高だ。

船体の損傷が航海の厳しさを物語る

東日本大震災により未曾有の痛手を受けた日本に、そのチャレンジスピリットは大きな勇気を与えてくれる。そして人が挑戦をしようとするとき、それは年齢には関係ないことを彼は証明してくれた。この世界に誇るべき77歳のヨットマンの偉業に拍手を贈りたい。

西回り単独世界一周航跡変更図
斉藤氏は、ふたたび新たな航海を目指すことを誓った

 

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