HOME > SENSE > PEOPLE > ダンスのような往年のハンドル裁き、健在。 ジャン・ラニョッティラリードライバー

画像

ダンスのような往年のハンドル裁き、健在。

ジャン・ラニョッティラリードライバー





ルノーファンならジャン・ラニョッティを知らないはずはない。
彼は1970年代から80年代にかけてのWRC(世界ラリー選手権)で、小さなルノー5を駆って並み居るビッグマシンたちに立ち向かい数々の神話を作り上げたヒーロー。彼のダンスを楽しむかのような卓越したマシンコントロールはギャラリーを魅了してやまなかった。

そのラニョッティが10月23日、富士スピードウェイで開かれた「ルノースポール・ジャンボリー」を機に3度目の来日を果たした。当日、彼は朝から分刻みのスケジュール。加えてパドックを歩けばファンに囲まれてサイン攻め。そうした間隙をぬっての独占インタビューである。

――ルノーとの関わりはいつから始まったのですか?
「18歳で大型トラックと普通車の免許を手にし、トラック運転手をして稼いだお金を貯めてルノー8ゴルディーニを買いました。そう、22歳のときに8ゴルディーニで初めてクルマでスポーツする楽しさを知ったのです。69~71年はプライベートでオペルに乗りましたが、その後73年のルノー12ゴルディーニに始まり、96年までルノーの契約ドライバーを務めました。97年に引退してからはルノーの名誉広報部長となり、現在に至っています」

――最も印象深いのはどのラリーだったんでしょう?
「5ターボで初優勝した81年のモンテカルロは自分の名を世界に知らしめたので思い出に残っています。当時、5ターボはアスファルトではトップクラスの速さで、アウディ・クワトロより上でした。でも自分の中で最も印象に残っているのは78年のモンテカルロです。たった137馬力しかないFFのグループ2マシン、ルノー5アルピーヌで2位に入ったからです。当時のライバルはグループ4のランチア・ストラトスやフィアット131アバルトといった強豪だったのですから結果は上出来でした。また、85年のツール・ド・コルスも今となっては楽しい思い出です。長いスペシャルステージで6~7分リードしていたときです。ナビゲーターと『途中に知っているレストランがあるから、時間があったら一杯やっていこう』となったんです。その通り、ルノー5マキシを横付けして、パスティスを一杯飲んでゴールしました。そんなことがあっても優勝してしまったんです(笑)」

――なぜモンテカルロやツール・ド・コルスで強いのですか?
「ラテン系だからでしょう。イタリア人やフランス人はアスファルトが得意なんです。雪になるとフィンランド人やノルウェー人といった北欧が強いのと似ています。イタリア人のサンドロ・ムナーリやドイツ人のワルター・ロールは名手でした。70年代前半は腕の差が勝利に結びついていましたが、後半からはマシン勝負になっていた感じでしたね」

――65歳なのにこんなに元気でいる秘訣はなんですか?
「フランスワインのおかげです(笑)。趣味でゴルフをやっているので多少歩いているぐらいで、ジョギングなど特別に運動したりはしていません。多くのドライバーはお酒はダメって言いますが、多くは飲みませんが私にとってワインは欠かせません。ラリーの本番前だからといっても、自分のライフスタイルは変えずにやってきました。今でも元気なのはそのおかげだと思います。運転することはとても楽しいので、健康ならいくつになってもドライバーの仕事は続けていたいですね」

と、気さくに応じてくれたラニョッティ。インタビュー後はメインスタンド前のストレートで、デビュー前のメガーヌクーペRSを駆ってアクロバティックな走行を披露。180度ターンや360度ターンを何度も決め、最後は運転しながらの箱乗りで退場。その見事な走りにはスタンドから大きな拍手が送られていた。
その後、ファンを乗せてのサーキットタクシー、フォトセッション、サイン会、さらにはトークショーまでこなし、ルノースポール・ジャンボリーを大いに盛り立てていた。最後にファンに向かって「毎年4月から11月まではルノーのために働いているから、毎年でも日本に来たいです」と語ってくれた。
ジャン・ラニョッティ。彼がいる限りルノースポールは楽しいクルマであり続けるに違いない・・・。

日本ではデビュー前の新型メガーヌRSをドライブして、アクロバティックなダンシング走行を見せてくれたのが、ミスターJRことジャン・ラニョッティ。取材していて楽しかった、それは彼のラテン系ゆえの明るさにある。

ルーテシア・ゴルディーニRS

トゥインゴに続きゴルディーニの名を冠したルーテシアRSの特別仕様。
専用ボディカラーのブルーマルトメタリック、イニシャルG入りホワイトストライプ、専用17インチホイール+215/45R17、F1タイプホワイトエアインテークフィン、リアのゴルディーニバッジ、ゴルディーニのロゴ入りシルバーステッチ付ブラック&ブルーレザーシート、専用ステアリングホイール、ゴルディーニのロゴ入りアルミシフトノブ&ブルーレザーシフトブーツ、サイドブレーキ横のシリアルナンバー入りゴルディーニステッカー、ゴルディーニのロゴ入りフロントフロアマットを装備。

全長×全幅×全高:4020×1770×1485㎜、排気量:1998㏄、最高出力:148kW(202ps)/7100rpm、右ハンドル、6速MTなどスペックはルーテシアRSに準じる。価格は334万円。日本国内30台限定でリリースされ即完売となった。

(注)ゴルディーニ……フランスに移住したイタリア人、アメディ・ゴルディーニが1951年に興した会社。自製エンジンによるフォーミュラや小型スポーツカーでレースに参戦。57年からルノー傘下となり、ルノー・ゴルディーニのエンジンチューニングを手掛け、モータースポーツで活躍。実用車をマシンに仕立てたことから「ゴルディーニ・マジック」とも呼ばれた。代表的モデルが無骨なデザインなのに速いRRセダン、60年代のルノー8ゴルディーニ。


ジャン・ラニョッティ(Jean Ragnotti)
1945年8月、南フランスのカルバントラ生まれ、65歳。1970年代から80年代にかけてルノーを駆ってWRC(世界ラリー選手権)で活躍。主な戦績は76年=ツール・ド・コルス/A310で4位、78年=モンテカルロ/5アルピーヌで2位、81年=モンテカルロ/5ターボで優勝、82年ツール・ド・コルス/5ターボで優勝、85年=ツール・ド・コルス/5ターボマキシで優勝。引退後はルノースポールのカウンセラーとして歴代RSの仕上げに関与。運転が上手くなるには「楽しむこと」という。日本に来て自分の名前(イニシャル)が全国の駅にあることに感激。それはJR。

 

Back Number

PEOPLE

このカテゴリーのインデックス

Page Top


  • 画像クリックでイメージムービーがSTART

  • 冒険のクロニクル  Presented by BREITLING
  • Award Archive
  • ファウスト魂