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Each Surfing Story Vol.3
いつかは、BIG WEDNESDAYに──

サ-フィンは、簡単で、軟派なスポ-ツ?

出会いは、いきなりBIG WEDNESDAYだった。
18歳の夏の日、七里ケ浜にサ-ファ-の友人に連れて来られた北見尚之は、台風一過で恐竜のように暴れまくる海を見て、思わず息を飲んだ。「行けるか?」と友人に声を掛けられ、我に返ったが、運動神経には自信があった。ショ-トボ-ドを手渡され、真っ白なス-プの上に滑り込んでいった。



「あれは無謀でしたね。でも当時は、サ-フィンなんて軟派なスポ-ツ、簡単に出来るって思っていたんです。でも、甘くなかった。なんとか根性で沖まで出たけど、ダブルぐらいの波に飲まれてボ-ドに腹ばいのまま突き進み、砂浜に突っ込んだんです。何もできない自分が本当に悔しくて、このままじゃ終われないって思いましたね」
この日からサ-フィンライフが始まった。高校の授業が終わると、その足で逗子の友人の家に行き、ボ-ドを片手に自転車に乗り、七里ケ浜まで行った。土日も含めて週5回のペ-スで海に入り、長い時は、朝5時に入り夕方5時まで食事をするのも忘れてサ-フィンに没頭した。
「早く乗れるようになりたいって、ただそれだけの気持ちでした。半年ぐらい経過し、ようやく少し乗れるようになると今度は本当にサ-フィンの面白さが分かってきた。技術は大事だけど、サ-フィンって人の力と自然の力がきっちり対応しないと乗れない。自然と調和するという感覚が分かるようになると、楽しさが倍増しましたね」
北見は、わずか半年の間に、「天地一枚」――自然と自分がひとつにならなければサ-フィンはできないということを学んだ。同時に、自分たちは自然に支えられ、守られ、調和して生きている。それを心の中で分かっていれば、どんな時も自分で考え、決断することができる、ということも。「自分が周囲に流されない価値観を身に付けられたのは、18歳の時からサ-フィンと自然の調和に心を砕き、真摯に向き合ってきたからだろう」と、北見はいう。

ビジネス、サ-フィンともに世界へとはばたく

専門学校を卒業し、不動産関連の会社に入社してもサ-フィンは続けた。朝4時に起きて海に行き、2時間ほど入り、7時半に帰って来て、シャワ-を浴びて会社に行く。辛いとか、大変だとか思ったことはなく、それがライフスタイルだった。だが、26歳で不動産会社を設立した時、北見は、サ-フィンから一時的に身を退く。
「独立して、早く一人前になりたかったし、成功したかったから。ここで仕事に集中して成功しないと、楽しく海に入れないって思ったんです。でも、入っていない間も海は気になりましたね。毎朝、新聞の天気図を見て、台風が入って来そうな時は、体がムズムズしました。そんな時、今の仕事を頑張れば、また海に好きなだけ入れるようになるって、自分に言い聞かせていました」
それから数年が経過し、30歳を越え、ビジネスの面でも波に乗った。ようやく休暇がとれるようになり、サ-フィンの舞台も鎌倉からハワイへと変わった。
「今は、ほとんど日本では海に入らないですね。サザビ-ズ(インターナショナル・リアルティ)の仕事を立ち上げてからは、ハワイに行く回数が増えたので、行った時にアラモアナで地元の友人と一緒にサ-フィンするのが最大の楽しみになりました。でも、サ-フィンに対する姿勢というのかな、それは昔と変わらない。小さな波でエンジョイするよりも大きな波に挑戦していきたい。さすがにレイア-ド・ハミルトンが乗るようなお化けサイズの波は恐いけど、自分もいつかはマウイのJAWSでトウイン・サ-フィンに挑戦したい気持ちはあります」

波は、大きくなればなるほど恐怖感は増していく。大きな波に乗るには、その恐怖心に打ち勝ち、自分を信じて海に出ていく強いメンタルが必要になる。「何も考えていないんですよ」と、北見は笑うが、「恐さよりもむしろ乗りたいと思うんです」という言葉に精神の強さを感じる。

ハワイでのサ-フィンは仕事で成功するためのモチベ-ション

一方で、年令を重ねるごとに、サ-フィンする時間は違う意味で重要になってきた。
「波待ちの時間が長い時は、会社で今やるべきことや将来のヴィジョンをイメ-ジしたり、考えを整理したりしています。海の上は携帯もないし、音楽もないので、じっくり考えることが出来るんですよ。



しかも、海ではエゴを見せたり、欲張ったりすることもなく、ニュ-トラルでいられるので何かを決断するのにもいいんです」
ただ、いろんな考えを巡らせながらも最後は「また、ここでサ-フィンしよう」と、思うのだという。サ-フィンへの強い欲求が仕事をする上で大きなモチベ-ションのひとつになっているが、トップのそういう考えや生き方は、社員にも伝播していく。北見の会社はリスト(株)を始め、グル-プ企業を含めて280名ほどの社員がいるが、なんとその内、約30 ~40名ほどがサ-ファ-だという。
「うちは、会社に入ってサ-フィンを始めた女子社員も多いんです。ハワイに社員旅行で行った時も人数が多いんで、ABCDに班分けしてA班はアラモアナ、B班はダイヤモンドヘッドとか、分けてサ-フィンしていました。でも、楽しむためには仕事をしっかりしないといけない。我々は、サ-フィンのプロではないので、仕事ができないのにサ-フィンが楽しいというのは違います。ハワイでサ-フィンをするという意味は、仕事で成功して、またハワイにサ-フィンをしに来れますように、ということなんです」
仕事で成功するために――北見の日本での仕事ぶりは、一昔前の“猛烈社長”とも言うべきハ-ドワ-クだ。横浜の本社と東京とを行き来し、多い時で1日3往復、北見の乗る車は年間で10万キロを越えるという。
「これからも日本の不動産の価値を高めていくのが我が社の目標です。さらに、不動産におけるアジアのネットワ-ク作りをしていきつつ、アジアでハワイと日本の不動産セ-ルスの枠を広げていきたい。そうして、55歳で引退して、ハワイで生活して、サ-フィンを楽しみたいですね。ハワイって、サ-フィンをしている年配の方々がすごく多いんですが、彼らの顔を見ていると、エゴとかそういうのが一切感じられない。素になって楽しんでいる。自分も、そういう状態になれるからサーフィンを今まで続けて来れたんだと思うし、これからもずっと続けていきたいと思っています」
ハワイは、決して生活が豊かな人々ばかりではない。だが、サ-フィンをしながら屈託のない笑顔を見せてくれる彼らから、ものではなく、自分の考えや願いの中にこそ暮らしが豊かになるキ-があることを教えてくれる。それを理解しているからこそ、サ-フィンはやめられない、と言う。
「もちろん、BIG WEDNESDAYに、いつか乗ることも――」。

Profile

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北見尚之(きたみひさし)
1965年、神奈川県横浜市生まれ。18歳の時、鎌倉でサ-フィンを始めて以来、その魅力に取り付かれ、現在に至るまでハワイを中心にサ-フィンライフを楽しんでいる。26歳の時、リスト株式会社を設立し、サ-フィンで鍛えられた根性とバイタリティを軸に会社を急成長させた。2010年には、サザビ-ズの高級不動産「サザビーズ・インターナショナル・リアルティ」 の国内独占営業権を取得。横浜と世界を舞台にビジネスを展開している。

ジャパン サザビーズ インターナショナル リアルティ公式サイト
www.sothebysrealty.jp

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