HOME > INTERVIEW > 心に深く、降りて行く「旅」

画像

Richard Geoffroy

リシャール・ジェフロワ

ドン ペリニヨン シェフ・ドゥ・カーヴ(醸造最高責任者)

Profile

心に深く、降りて行く「旅」

シャンパーニュの象徴、ドン ペリニヨン。その醸造最高責任者「シェフ・ドゥ・カーヴ」は、フランスワイン界において言わば最高の栄誉ある地位であると同時に、シャンパーニュの至宝の すべてが自らの肩にかかっている重責の地位。ドン ペリニヨンはヴィンテージに対するこだわりで知られ、出来の悪い年には発表しない。その決定権を持つのも、もちろんシェフ・ドゥ・カーヴである。
リシャール・ジェフロワはその地位に、醸造学校に入学してからたった8年という異例のスピードで到達した。醸造家の家に生まれながら、一度は医学の道を志 し、その後自らの体内に宿るルーツ、土と緑の香りへの愛着の念にかられ葡萄の道へ戻ってきたが、「それは宿命ともいえるものだった」という。
彼はドン ペリニヨンの途方もない伝統を受け継ぎ、それを再認識していくために、先ごろ「マニフェスト」なる宣言文を掲げた。その根底にあるものは一体どのようなものだろうか。

「世界最高のワインを」

まず、ドン ペリニヨンという奇跡の酒について語らなければならない。
17世紀後半1668年、盲目の修道士ドン・ピエール・ペリニヨンは、「最高のワインを造る」という使命の下、マルヌ西方の丘に建つベネディクト派修道院 (オーヴィレール大修道院)のセラーマスターとして働いていた。それから47年もの時間をかけて、ピエール・ペリニヨン僧は後に「シャンパン」と呼ばれる ワイン醸造の技法を完成させていく―――驚くべきインスピレーションと先見の明をもって、彼はシャンパーニュ地方の葡萄に秘められた贅沢さを見抜き、職人 的こだわりで新しい味覚のセンセーションを生み出していった。そしてピエール・ペリニヨン僧の造るワインの評判は瞬く間に知られるところとなり、その名は 時の為政者ルイ14世のテーブルにも登るようになる。“フラコン”。「小瓶」という名で呼ばれたこのシャンパーニュ地方の泡立つワインは、当時造られる最 も質の高いワインの、実に4倍もの時間をかけて生産されたものだった。ワイン造りにおける「革命」とも言えるこの奇跡の酒は、後に人々の嗜好や習慣までも 変えていくものとなる。

奇跡を継ぐもの

「シャンパーニュの父」と謳われるピエール・ペリニヨン僧の野望。それは「世界最高のワイン」を提供することだった。彼の後3世紀もの間、ドンペリニヨンに関わる人々はその崇高な野望に忠誠を誓い続け、伝統を守ることとなる。1990年にシェフ・ドゥ・カーヴに就任したリシャール・ジェフロワもそのひとり。彼は今年、その忠誠と決意を「マニフェスト」という形で発表した。それは、かつて芸術運動が高らかな宣言とともに誕生したのと同様の「宣誓」なのだ。

ドン ペリニヨンのマニフェスト


「世界最高のワインを造る」。
マニフェストはドン ペリニヨンのシャンパン造りの基本を示すもの。その前文で「ドンペリニヨンは新しいヴィンテージのたびに生まれ変わる、きわめて卓越した存在」と定義づけている。そのヴィンテージを発表するか否かは、醸造最高責任者にゆだねられ、ヴィンテージに対するこだわりは絶対のもの。もし優れたワインができない場合はそのヴィンテージを発表しないという代償を伴う。

※ラベルをクリックしてマニフェストの動画を再生

ドン ペリニヨンとの出会い

―――リシャール・ジェフロワさんのご実家は、シャンパーニュ地方のヴェルチュというシャルドネ畑に囲まれた街で代々コート・ド・ブランの葡萄栽培とワイン醸造を営んでいたそうですね。ところがあなたはいったん医学の道を志し、そして今に至る。若い頃のジェフロワさんにとって、ドンペリニヨンとは、また醸造家というのはどういうものだったのでしょうか。

確かに私はシャンパンを造る家に生まれ、私の運命としてはそれを継いでいくということは明白で、当然すぎるほど当然の運命だと思っていました。
でも私は、多くの若い人がそうであるように「自分の力でできることを試してみたい」という気持ちになったんです。それで医学部に進んで医者の道に入ったわけですが、医学部を卒業して免許を得たとたんに、「土」に対しての愛着というものを再発見してしまった。誰もがそうだと思いますが、「故郷」とか「自分の根っこ」即ちルーツというものは、年とともに非常に大きな存在になってくるものです。そして私もそのことに気づいた、と。
私が「土に戻ろう、根っこに戻ろう、ワイン造りに、シャンパンに戻ろう」と考えたとき、それはもう自分の力ではどうしようもない感じで、抗いがたい運命のようにドン ペリニヨンへの道というのが準備されていたのだ、と感じます。

―――「根に気づいた瞬間」というのは何か特別なきっかけがあったのでしょうか。

特にこれという出来事があったのではないんです。医学を修めた後に考えたのは、医学の道は相手(患者)がいて、その人をケアするのが本意だけれど、ワイン 造りも飲んで下さる方たちがいて、その人たちのことを考えながら造る、「ケアをする」という意味では同じではないかと。自分以外の人に向かっていく心とい う意味では共通しています。そして両方とも「理想を求める」ということでは変わりなかったと思います。

―――1982年に医学博士を取得して、その後1990年にドン ペリニヨンのシェフ・ドゥ・カーヴに就任するまで、非常に短期間だと思うのですが、これはこの業界にとっては異例のことなのではないのでしょうか?

私もそう思います。非常に短かったと思います。ありがたいことにね(笑)。

「人生においては
直線コースが最善の方法とは限らない」


――ドン ペリニヨンと言えばシャンパンの象徴のような、最高峰の銘柄ですよね? その抜擢の理由はどういったところにあったと思われますか?

ドンペリニヨンというのはただ単に過去からのものを繋いでいく、遺産を継続していくということだけではなくて、それを造る「インスピレーション」が非常に 重要なのです。恐らく、それらの力を私が持っていると評価されたのかもしれませんね。人生というものは、考えてみれば無駄がないというか、医学を志し、8 年専念したのですが、それが私には厚みになっていて、全く関係ないように見えても醸造責任者になるにおいてはプラスになったのではと思っています。

―――具体的に医学がということよりも、周り道をしたということが、ということでしょうか。

周り道というのが私には厚みになった。その分「生きていた」ということで、生きた分、経験をした分というのが厚みになっていたと思います。人生においては、必ずしも直線コースを走るということが最善の方法とも限らないと思うのです。

―――過去からの遺産を継続していくだけではなくて、新しいインスピレーションが大切だ、ということですが、それはどういうものですか?

冒険の旅」に限界や国境はない。
それは地球上にあるものではなく、
自分の中にあるものだから。

ドン ペリニヨンには、ヴィンテージシャンパンとしてのそれぞれの個性、性格の違いが少なからずありますが、飲んで頂くとはっきりと「これはドン ペリニヨンだ!」という独特のスタイルがありますよね。そのスタイル、過去から継承して未来へと繋ぐその継続性を守るということです。葡萄の場合は毎年風 味が違っているわけで、その収穫された葡萄で、その年のドン ペリニヨンを造り上げていくのは非常にインスピレーションを要する作業です。

葡萄からワインを造り、テイスティングをし、それが数年後にどういうふうになっていくかということを考えながら造っていくわけですから。
それは私にとって最も贅沢なことです。過去から継承しながら毎年新しいものを造っていけるのですからね。

内部への旅

―――ファウストでは冒険や挑戦の旅を重要視していますが、あなたの冒険の旅はどのようなものでしょうか?

私も医学の道へ進むという人生の旅をしました。そして醸造最高責任者になってからも、世界中を旅してまわっています。そこには出会いがあります。ドン ペリニヨンを好んで飲んでくださっている方にご意見を聞く機会が多くあります。最後には自分の内部への旅というのがあって、他の人の話を聞きながら自分の 内部へと入って行き、そしてとるべき道をとる、するべきことをするというような「旅」もあるでしょう。
「限界」とか「国境」とかいうものは、地理的なものではなくて、または地球上にあるというものではなくて、自分の中にあるものだと思います。私の使命はド ン ペリニヨンを造るということ。それは「自分を与える」ということなんです。それを考えると、その分自分はどこかから貰わなければならない。そのためにはい ろんな人に出会う必要がある。それが私のクエストと言えるでしょうか。

―――日本では何か素敵な出会いがありましたか?

日本との出会いは、私の人生で大きな出来事だったと思います。醸造責任者としても非常に大きな意味をもっていた。日本人の持っている感受性や繊細さに触れ、はっとさせられることがたくさんあります。その中に我々の知らなかった、ドン ペリニヨンが隠し持っていた違う面を見つけることができました。ドンペリニヨンというのはただ単にシャンパンという飲み物、というだけではなくて、非常に芸術的な面を持っています。その芸術的な面を評価するに至ったのは日本との出会いによってです。

凝縮とは「記憶に残るもの」

―――その芸術性というのは、「複雑さ」などを指すのでしょうか?

芸術的な視点とは、ただ単に芸術を理解するということではなく、たとえばワインの世界を本当に理解しようとしてくださること。新しさだけではなく、起源に戻るというか、テロワール(土壌)があって葡萄があってというところから出発し、過去から繋がってきたワインの世界を理解しようとすることですね。
またドン ペリニヨンに関して言うと、テロワールを尊重し、葡萄を尊重して造られてはいるものの、非常に主観的に造られている飲み物でもあります。そのポイントになるのが、凝縮度、そして複雑性ということですね。
よくドンペリニヨンとはどういうものですか?何を考えて造っていらっしゃいますかと聞かれますが、それは飲んだ時の口当たり、味わい、舌を流れるときの滑らかさだと言っています。凝縮というのは、味の面ではひとことで言うと「濃い味」ということですね(笑)。料理の世界でもよくあることですが、凝縮されている=力、パワーといったものに取り違えている場合がありますが、「力がある」というのと「凝縮されている」ということは、同じ意味ではありません。凝縮されているということは、それを食したときに「記憶に残るもの」なんです。心の中にも体の面からも、記憶に残るというものが凝縮された味ですよ。

―――ドン ペリニヨンの凝縮された味はどこから来るのでしょう。

もともと持っている味の濃さとともに、最終的には調和のとれたものこそが、凝縮された味として味覚に訴えかけることができるということ。力で刺激を与えたものを「濃い」と表現しているものが多いですが、それはその場では刺激を受けても、すぐに消えてしまうものです。「ある一点を正確にタッチする」というのが「凝縮」だとすると、「力」の方は「強く叩いて、痛みとして覚えさせる」くらいの違いがあると思います。

時間がもたらすものに謙虚に臨む

―――すべからく良いものに共通するのは、調和ですよね。

そう。一方、複雑性が何から造りだされるかというと時間です。時間をかけることによって複雑性が増していく。ドン ペリニヨンを造る時に時間の概念は外せない。忍耐強く待つ。忍耐強く待てば、褒美がもらえるのです。

―――最低でも7年の熟成歳月をかけるのに、プレミアラインの「エノテーク」は13年以上、「ラベイ」は更に長期熟成を経て世に出されます。これらのラインはジェフロワさんがシェフ・ドゥ・カーヴになってからの挑戦ですよね。

そうですね。ドンペリニヨンは時間のサイクルが非常に長いです。ワインによっては昨日造ったものを今日修正するとか、手を加えることが可能ですが、ドンペリニヨンの場合はそれができません。しかもわれわれが今現在取り組んでいるのは、将来何年も経ってからの形を考えながら造っているもの。ですから時間の観念が、普通の人とは少し違うかもしれません。時間がもたらしてくれるものに謙虚な態度で臨むということが大事です。そして自分が造ったものが将来必ずよい形を見るという希望というか、確信を持っていないとなかなかできないですね。

ドン ペリニヨンとは何か
味覚の旅、人生の旅

―――「マニフェスト」もジェフロワさんの代で、初めて宣言として出されましたね。改めて「ドン ペリニヨンとはこういうものである」ということを言うのは、消費者にとっても改めてドン ペリニヨンとは何かを知る、よい機会になりますね。

私のシェフ・ドゥ・カーヴとしての使命はもちろん「造る」ということですが、それだけではなく今回のマニフェストのように「このように造っていきます」ということを我々も消費者にも再確認して頂くこと、どのようにプレゼンテーションするかを考える舞台監督やプロデューサー的な役割もあると思っています。
過去から現在に至るまでさまざまな人がドンペリニヨンづくりに携わってきました。我々は最高のものを求め、殻を破って常に前進する、絶対的なものを求めています。過去から現在、未来に渡ってどういう形で生き続けるのか、その基本を書いたつもりです。ドンペリニヨンというのは長らくシャンパンの象徴、アイコンのようなものになっていますけれど、生き続けているものなのです。ですから、これまでの挑戦は、ドン ペリニヨンを好んで飲んで下さる方のために、色々な経験をしていただくことにありました。ドンペリニヨンの中の旅、この年はこう、この年はこうというように、さまざまな経験の旅をしていただきたいですね。最初に言いましたが、人生における一番大きな旅というのは、自分の内面、心に深く降りて行くものだと思います。そういう旅をなさるときに、ドン ペリニヨンというのは助けになると思いますよ。

―――ファウストのメンバーには、フランス・シャンパーニュのシャトーで行われている味覚の体験、「セブン センシュアリティーズ・エクスペリエンス」にも参加してほしいですね。

是非。自分の目で確かめていただいて、こういうところで造られていると感じていただくのは、歴史を遡るということに繋がると思います。いろいろな店で手にとって頂いたら、次はその源泉に来ていただきたい。

―――最近は隠れた逸品を探すのがブームというか、王道の銘柄を選ばない傾向があるように思いますが、こうして実際にジェフロワさんとお話したり、もっといろいろな出会いがあるといいですね。我々のワイン観を深めるためにも。

まったくそのとおり。知っていると思っていても実は知らない、という方は多いんです。世界中の皆さんに「ドン ペリニヨンを知っていますか」と聞くと、大抵の方は知っている。
世界的な知名度は非常に高い。しかし、飲んだことがないのにも関わらず、ドン ペリニヨンに対してある固定的な観念を持っていらっしゃる方も非常に多くてね。
ドン ペリニヨンというシャンパンは、一度飲んでみると、招いてくれるような親しみやすさがある。そして一方飲めば飲むほど、違う面を出してきてくれる。神秘的な面を常に持っているものなんですよ。

―――果たして我々はシャンパンのことを、とりわけドンペリニヨンのことを、どれだけ知っているだろう? その世界はその複雑性と凝縮度で幾層にも重なっている。知れば知るほど違う面が出てくる。その深みや厚みは、造り手と飲み手の人生の深さそのものと言えるかもしれない。その尽きることがない世界を、改めて、冒険してみよう。

Dom Pe'rignon
Vintage 2000

ドン ペリニヨン ヴィンテージ2000/作柄の最も良い年の、最も良い畑で採れた葡萄のみを使用して作られるのがドン ペリニヨン。中でも2000年は「プレミアム グレートヴィンテージ」と評される当たり年。伝統的なスタイルを貫く一方で神秘的かつ力強い存在感をはっきりと表している。7年の熟成を経るため、現在リリースされている中で最も新しいヴィンテージ。

Dom Pe'rignon
Enothe'que Vintage 1995

ドン ペリニヨン エノテーク ヴィンテージ1995/黒地にシルバーのエチケットの「エノテーク」は13年もの歳月をかけ熟成を経てリリースされる、より贅沢なプレステージライン。ジェフロワ氏就任の1990年から始まったエノテークへの挑戦は「時に縛られないワインスタイルの究極の表現」。

Dom Pe'rignon
Re'serve de l’Abbey
Vintage 1990

ドン ペリニヨン レゼルヴ デュ ラベイ ヴィンテージ1990/金色のエチケット、ドン ペリニヨン誕生の地、アベイの修道院の絵柄は「ラベイ」と呼ばれるスーパープレステージライン。通常より遥かに長い期間熟成、貯蔵方法もあえて澱引きをせずにセラーにて行い、更なる熟成感を引き出す。

Data

ドン ペリニヨン公式ホームページ
http://www.domperignon.com/

Profile

画像

Richard Geoffroy
リシャール・ジェフロワ

ドン ペリニヨン シェフ・ドゥ・カーヴ(醸造最高責任者)


ドン ペリニヨン シェフ・ドゥ・カーヴ(醸造最高責任者)1954年、シャンパーニュ地方ヴェルチュの醸造家の家系に生まれるも、医学部に進学。1982年医学博士号を取得。その後ランスの国立醸造学校へ入学。 卒業後、カリフォルニアのナパ・ヴァレーでビジネスの基礎を学び、ドメーヌ・シャンドンのテクニカルアドヴァイザーに就任。ニューワールドとシャンパー ニュの掛け橋となる。1990年ドン ペリニヨンの醸造最高責任者(シェフ・ドゥ・カーヴ)就任。現在に至る。

Back Number

Page Top


  • 画像クリックでイメージムービーがSTART

  • 冒険のクロニクル  Presented by BREITLING
  • Award Archive
  • ファウスト魂